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2009/11/30

「欠落がもたらす勇気」/「悪霊の島」書評・綿矢りさ

2009/11/02 読売新聞にスティーヴン・キングの「悪霊の島」の綿矢りさの書評が掲載された模様。
おそらく、同じ内容の書評が本よみうり堂に掲載されている、と思う。

「欠落がもたらす勇気」

記録のため、全文を引用する。

欠落がもたらす勇気

 キングは四肢切断の描写に情熱を注ぐ。切断の瞬間だけでなく、その後の痛み、まだ手足があるかのような幻肢の感覚も細かく描くので、よっぽど強い思い入れがあるのだろう。

 本作の主人公の男は建設現場で事故に遭い、クレーン車に右腕をもぎ取られる。働いていた建設会社を辞め、人生をやり直すためにフロリダの島へ移住するのだが、その島で彼は“予知絵”を描く特殊な能力を手に入れる。

 キャンバスを前に絵筆をもつ彼の左腕はひとりでに動きだし、いままでの人生では絵とは無縁だった彼が、次第に画家になっていく。しかし、出来上がる不気味な絵画たちは、男の命を狙う、島に取り憑(つ)いた悪霊の姿を暗示している。

 ホラーの要素がたくさん出てくるが、四肢切断のくだりだけは、ホラーではない。映画でおなじみのスプラッターな見せ場としてではなく、キングはその瞬間を、あくまで現実として描いている。一瞬のできごとをコマ単位で細かく描写しているのにグロテスクさは無く、被害者の叫び声もない。大きな力をまえにして冷や汗をにじませることしかできない人間の、無力なおとなしさだけがある。気絶する瞬間にふっと気が遠のき、周りの音が聞こえなくなっていく感じに似ている。

 身体の一部が永久に持ち去られることは、キングの小説において、魔界へ誘(いざな)われる前の通過儀礼の役割を持つ。男は衰弱し、生きる希望も失う。しかし、彼が身体の一部を失うという信じがたい事実を受け入れ、生きていこうとするとき、魔界の者と戦う勇気を得る。

 悪霊を倒したところで、失(な)くした右腕が帰ってくるわけでもないから、なにもかも元通りという完璧(かんぺき)なハッピーエンドは望めない。それでも戦い、気がつけば欠けたところのない人間よりも強くなっている男を、読みながらつい熱く応援してしまう。悪霊と戦う人間にとって、一番の強みは命のぬくもりだ。白石朗訳。

 ◇Stephen King=1947年、アメリカ・メーン州生まれ。世界的なホラー作家。代表作に「シャイニング」など。

文芸春秋 各2000円

評・綿矢りさ(作家)

(2009年11月2日  読売新聞)

因みに、綿矢りさは、スティーヴン・キングを「よく読む作家のひとり」、としてあげているらしい。

余談だけど、綿矢りさの好きな映画は洋画なら「愛と追憶の日々」、邦画なら「月光の囁き」との事。
更に余談だけど、「月光の囁き」は塩田明彦(監督)の大傑作である。「ギプス」「害虫」「カナリア」も良いよ。

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