カテゴリー「「ダーク・ハーフ」」の2件の投稿

2017/02/04

「カルテット」もスティーヴン・キングの影響を!?

さて、今日も全ての事象はスティーヴン・キングの影響を受けている、と言うキングファンの妄想的エントリー。

今日、俎上に乗せるのは、テレビシリーズ「カルテット」

火曜ドラマ「カルテット」/TBS

火曜ドラマ「カルテット」TBS
演出:金子文紀、坪井敏雄
脚本:坂元裕二
出演:松たか子(巻 真紀)、満島ひかり(世吹 すずめ)、高橋一生(家森 諭高)、松田龍平(別府 司)

さて、「カルテット」のどのあたりがスティーヴン・キングの影響を受けているのか、と言う話だが、先ずは第一話のラストシーン。

どうやら世吹すずめは、巻真紀の過去の犯罪を、もたいまさこ演じる巻鏡子に依頼され調査しているようなのだ。

鏡子は息子で真紀の夫が失踪したのではなく、真紀に殺されたと考え、すずめをその真実を探るためにカルテットに送り込んでいるのだ。

ここで考えるのは何故、世吹すずめは《すずめ》と言う名前なのか、と言う事である。

スティーヴン・キングファンならば当然の事なのだが《すずめ》は、魂をあの世に連れ去る《サイコポンプ》として描かれている。

つまり、「カルテット」における世吹すずめは巻真紀をあの世へ連れ去るキャラクター、つまり世吹すずめは巻真紀の過去を暴き真紀を地獄に突き落とすキャラクターとして設定されているのだ。

サイコポンプ "Psychopomp" についてはこちらを。

因みに、魂をあの世に連れ去る《サイコポンプ》は現世に、馬、鹿、犬、貧困者、オオガラス、カラス、フクロウ、スズメ、クモとして現れるようです。

ご承知のようにスティーヴン・キングの「ダーク・ハーフ」では《サイコプポンプ》は《すずめ》の姿で登場している。

そして第3話。すずめの過去を知る女性(安藤サクラ)がブログですずめのことを《つばめ》と言う仮名で揶揄していたことが判明する。

「ダーク・タワー」 《すずめ》と《つばめ》。

多くのキングファンならご存知のように「ターク・ハーフ」の翻訳の際、翻訳者:村松潔は《すずめ》と《つばめ》を取り違えてしまい、本来《すずめ》である部分を全て《つばめ》と訳出し、そのゲラを基に「ダーク・ハーフ」の装画を手がけた藤田新策は《つばめ》で装画を一旦は描き、それを全て《すずめ》に描き直した。

因みに「ダーク・ハーフ」のカバーには《すずめ》が数百羽描かれている。

「ダーク・ハーフ」の《すずめ》と《つばめ》。そして「カルテット」の《すずめ》と《つばめ》。

これはどう考えても偶然とは考えられない。

そして「カルテット」のタイトルと四人の登場人物が組むカルテット(弦楽四重奏):カルテット・ドーナツホール。

ドーナツホールを《・》(ナカグロ)として「カルテット」の中に配置するとそれは《カ・テット》となる。

《カ・テット》とは「ダーク・タワー」シリーズでは、《運命によって結束した人々》のことを示す。

これは偶然なんだろうか。いや、キングの影響に他ならない。

おそらく脚本家の坂元裕二がキングファンなんだろうね。

ところで、そんな「ダーク・タワー」シリーズは、角川文庫から絶賛発売中。

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2012/05/30

『一番怖いのは人間』をめぐる冒険

「三人の作家を囲む会」 2012年5月24日の深夜から25日にかけて、我孫子武丸氏と牧野修氏のツイートが非常に興味深かった。

これらのツイートは、2012年5月19日に大阪市中央区の書店:隆祥館書店において開催された「三人の作家を囲む会」と言うトークイベントで出た話題が元になっている模様。

ところで、この「三人の作家を囲む会」は、田中啓文氏の「猿猴」の刊行を記念して開催されたイベントで、関西出身の作家である牧野修氏、我孫子武丸氏を迎えたスペシャル対談だった模様。

このイベントは大阪での開催と言うこともあり、残念ながらわたしはそのイベントに参加していないが、次に紹介するレポートを読む限りだが笑いの絶えない、非常に楽しいイベントだった模様。

「田中啓文さん・牧野修さん・我孫子武丸さんを囲む会を終えて」

さて、ここからが今日の本題。

我孫子武丸氏( @sukiyapotes )のツイート

【個人的ホラー観】先日のトークの際、牧野修さんが「よく言う、『一番怖いのは人間』みたいな言葉には首肯できない」的な発言をされた。いつもそういう話では長い議論になるのが分かっていたのであの場では黙っておいたのだが、ぼく自身が怖いと思うのは「人間」だ。

幽霊よりサイコキラーの方が怖い、という意味ではない。ぼくは霊の存在などひとかけらも信じていないし、正直幽霊よりサイコさんの方が怖いけど、ことフィクションに関しては「一つの大きな嘘」は設定として受け入れることが出来る。幽霊がいる、というならそれを受け入れて読むことは可能だ。

でも、そのフィクションの幽霊を怖いと感じるのは結局のところ、その幽霊が「生前どんな人間で」「どういうふうに恨みを残して死んだか」が明らかになったときなのだ。ぼくにとって幽霊の怖さは人間の怖さとほとんどイコールだ。

だから逆に、「ここには交通事故で死んだ人の霊が…」といったような怪談話をちっとも怖いと思えないのは、単に「そんなものいない」というだけでなく、 「…でもそれ、元々人だよね?」としか思わないからなのだ。――あくまでもぼくがそうだというだけでみんながそうでないのは分かっていますが。

ついでにもう一つ付け加えると(これもいつも牧野さんと不毛な議論になるのだが)、「対処のしようもない怪異・脅威」に対しては「怖い」と思えなくて、 「何とかして回避する方法を探る」(cf.「リング」)ものの方が怖い。ただ、純ホラー派の人は「それは『サスペンス』ですね」というのだけど。

牧野修氏( @makinoma )のツイート

呼ばれたような気がしたのでホラーの話を。定義的なものを言うなら、もう「怖がらせたい小説及びホラーアイテムを使った小説はみんなホラー」でいいやと最近じゃあ思う。

それでも私が「『一番怖いのは人間』みたいな言葉には首肯できない」のは人の怖さを伝えるのと怪物の怖さを伝えるのとでは安易さが極端に異なるからだ。怖い人のリアルさを構築する方が怖い怪物のリアルを構築するよりずっと安易だろう、というのは創作しない人でもだいたいわかってもらえると思う

怖い怪物なんて出発の時点でアンリアルな存在なんだから。つまりは読むにしろ作るにしろ、より虚構性の高い小説を好んでしまう業のようなものへの諦念と戒めがその台詞を言わせているだけだ。それから我孫子さんの言う「人間」は、私の言う「人間でないもの」と同じことを言っているのだと思う。

結局怖いものは「まるで人のようでありながら理解が不能なもの」のこというのだと思う。それを我孫子さんは人間といい、私は人間でないものと言っているだけだ。サイコキラーにしても、ほぼ怪物である多くのスプラッター映画の殺人鬼たちに恐怖はあまり感じない。

逆に生い立ちを描き、彼が殺人鬼となった理由がしっかりと描かれるとこれも怖くない。怖いのは理解できそうで出来ない部分にこそ存在する。幽霊の怖さが人間の怖さと同じなのはその通りで、つまりは人と同じような何かのはずが、どうにも人の論理も倫理も通じないとわかったときに幽霊を怖く感じる。

我孫子さんが書いているように怪異の縁起が怨恨だとする怪談話はあまり怖くない。だってそれじゃあ人と同じだもん。ねっ、我孫子さんも人が怖いわけじゃないでしょ。最後の対処のしようもない怪異の話。これは対処のしようがないより「何とかして回避する方法を探る」方がより面白いのは間違いない

そして面白いかそうでないかと怖いかどうかは関係ない。オカルトホラーの面白さは「怪異の論理による解明と回避」に掛かっているわけで、ホラーか否かとも関係ない。それがホラー演出なのかサスペンス演出なのかは、ホラーの定義がゆるゆるになった最近ではわりとどうでもいい部分。

我孫子武丸氏のツイート

根本的な違いが見えてきたような気がします。ぼくはフィクションにおいて「完全に理解不能なもの」は全然怖くなくなってしまうんです。フィクションは所詮 フィクションなのだから、「ないもの」を「ありそうに」書くものだと思っています。「ありそう」のタガが外れると白けます。

面白いかどうかと怖いかどうかが別なのはもちろんです。ただ、「対処のしようがない怪異」というものをフィクションで書かれて、主人公達がどんどんやられていっても、「怖くない」んですよ。「ああそうですか」という感じで。「呪怨」なんかそうですね。

ぼくはかつてスティーブン・キングの翻訳が出るたびに読んでいたものだけど、ある頃からどんどん離れて行ってしまった。「あれっ?」と最初に思ったのは多分『ダーク・ハーフ』だ。これが全然読み進められなくて、つまんなくて、とうとう半分も読まずにやめてしまった。

何がこんなにも受けつけないのかと考えて出てきたのは、「『ない』話されてもなー」という身も蓋もない結論。幽霊ならいい。多重人格ならいい。サイコならいい。でもこれは「ない」、納得できない、という拒否反応を起こさせた。他にも『レギュレイターズ』でも同じ思いをした。

牧野修氏のツイート

ある時期のキング作品は作中のリアルが保てなくなっていたと思いますよ。その部分を「ねっ、わかるでしょ」で済ませようとしていた。つまりそれは作品の出来の問題ではないでしょうか

いかがでしょう。
大変興味深いですね。

後半部分、スティーヴン・キングの話になって行くところ、特にキング作品がつまらなくなっていく話はご愛嬌ですね。

さて、わたしも常々『一番怖いのは人間』だと言う考えには釈然としない印象を持っていた。

と言うのも、わたしの周りにも『一番怖いのはやっぱり人間だよね』と時々言う人がいるのだが、その人はあまり物事を考えずに、その場でただ単に気の利いた事を言いたいだけのような気がしてならないのだ。

例えばの話で恐縮だが、もし恐怖の対象として、人間、幽霊、宇宙人がいたとしたら、わたしは圧倒的に宇宙人が怖い。

例えば人間は、それがいくら恐ろしい人間だとしても、地球の物理法則に従っているだろうし、その恐ろしい人間の行動も、せいぜい人間が思いつく程度の事しか出来ないと思えるのだ。

また幽霊についても、それがいくら恐ろしい幽霊だとしても、幽霊になる前はただの人間だった訳で、もしかしたらその幽霊は地球の物理法則には従わないかも知れないが、その行動はやはり元は人間であると言うこともあり、人間が想像できる範囲の行動しか出来ないと思える。

しかし、宇宙人については、その行動原理も理解できないだろうし、その目的も得体が知れない。

何のためにどんな行動を取るのか、全く得体が知れない。

わたしはそんな訳で得体が知れない、行動原理がわからない、地球の物理法則に従わない存在が怖いのだ。

従って、わたしは牧野さんに考えに近いと思う。

そしてもうひとついつも思っているのは、その恐怖の正体や、恐怖の対象の存在理由と行動原理が判明してしまうと、その物語はホラーではなくなってしまい、ただの勢力争いの物語になってしまう、と考えている。

つまり、恐怖の対象のその辺りの事情が判明してしまうと、わたしはその物語から恐怖を感じなくなってしまうのだ。

さて、そんなわたしの考えはさておき、わたしたちのような読者ではなく、創作の現場にいる、お二人の作家が『一番怖いのは人間』について語っているのは、非常に興味深いものがあった。

お二人をあえてカテゴライズさせていただくと、勿論異論はあるとは思いますし、ジャンル分け自体にそもそも意味がないとわたしは思っていますが、我孫子さんはミステリー作家、牧野さんはホラー作家と言うことになると思う。

そのお二方の、ミステリー作家として、ホラー作家としての、創作の立脚点に少し触れたような印象を受けた。


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