「第六ポンプ」
先日のエントリー『〈新☆ハヤカワ・SF・シリーズ〉創刊によせて(「火星の大統領カーター」をめぐる冒険)』で紹介した〈新☆ハヤカワ・SF・シリーズ〉の第2回配本作品であるパオロ・バチガルピの短篇集「第六ポンプ」を読了した。
「第六ポンプ」
著者:パオロ・バチガルピ
訳者:中原尚哉、金子浩
装画:鈴木康士
出版:早川書房〈新☆ハヤカワ・SF・シリーズ〉
先ず、本書「第六ポンプ」は期待に違わない大変素晴らしい短篇集に仕上がっていた。
これは日本のSFファンにとってそうである、と言うだけではなく、これを〈新☆ハヤカワ・SF・シリーズ〉の第2回配本作品として出版した早川書房にとっても、そしてもちろん当の〈新☆ハヤカワ・SF・シリーズ〉にとっても、素晴らしい短篇集になった、と言うことであろう。
ところで、本書「第六ポンプ」を一読して興味深く感じたのは、本書に収録されているそれぞれの短篇に登場するSF的な設定やガジェットの説明がほとんどない、と言うこと。
本書に収録されている短篇には、自然に成長して行く建築物や、楽器化された人間たち、体内に生物を飼うことにより土壌を食料にすることができる人間たち、遺伝子特許で高カロリー穀物を独占する穀物メジャーや水メジャー、もちろん我々の世界のように内燃機関が発達した世界ではなく所謂ディファレンス・エンジンであるゼンマイが発達し浸透している世界や、そのゼンマイを巻くためだけに遺伝子操作された生物、そして失われた技術等々、多くのSF的な設定やガジェットが登場する。
しかし、それらの設定やガジェットの名称は出てくるもののそれらの具体的な説明はほとんどない。
この何だかわからない設定やガジェットを名称から想像しつつ物語を読む楽しさ。
本書「第六ポンプ」は、最近の説明過多な小説では味わえないような楽しみを体験できる短篇集なのだ。
しかし、これらの物語がそれらSF的な設定やガジェットに頼っているのか、と言うとそう言うわけではなく、物語自体はいたって普通の物語なのである。
大切なものを運ぶことになってしまった男の物語、パトロンのために音楽を演奏しなければならなくなってしまった少女たちの物語、鉱山を警備する人間たちの物語、外国で学業を修め故郷に帰った男の物語、重要人物を護衛することになった男たちの物語、立ち退きを余儀なくされる人間たちの物語、法を破る人間を捕らえることを生業としている男の物語、どんな汚い手を使っても仕事にありつきたいと考える男の物語、与えられた職務を全うしようとする男の物語。
そのSF的な設定やガジェットあふれる世界において、世界中のあらゆる民族が共感できるような、誰でも理解できる普遍的な物語が描かれているのだ。
これは作品として強いと思う。
ところで、本書「第六ポンプ」の巻末に掲載されている、中原尚哉の訳者あとがきによると、バチガルピは中国に住んでいたことがあるらしい。
その経験からか、本書に掲載されている作品のほとんどは、アジアを舞台にしている。そこで描かれているのは、搾取する側と搾取される側の物語、つまり貧富の差から生まれる物語である。
近未来の世界を描く上で、物語の背景として貧富の差が顕著な世界を描くのは最早定番となり、既に手垢がついたありふれた世界観だと思わざるを得ないのだが、それをそう感じさせない、その圧倒的で美しいほどの猥雑感が素晴らしい。
この猥雑感とSFガジェットに感する素敵な説明不足、そして誰もが共感できる普遍的な物語。
本書「第六ポンプ」は、そんな訳で非常に興味深い特徴を持っている作品なのだ。
機会があれば、本書「第六ポンプ」を是非手に取って欲しい。
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