第三回 翻訳ミステリー大賞候補作/「夜の真義を」
■著者 マイケル・コックス
■訳者 越前敏弥
■出版社 文藝春秋
■価格 ¥2,619(税抜き)
帯に曰く。【構想30年。 華麗なるゴシック・ノワール。】
骨太の翻訳小説として昨年、大いに話題になった「夜の真義に」についての様々な評判を見聞きするに、格調高い文体とダークな復讐譚がロマンティシズムを湛えるヴィクトリアン・ノワールであるという論調が多かったように思う。
し、しかし! 私は敢て云いたい!
私がこの作品を読んで思ったのは、寧ろ、この物語は【爽やかな青春を描いた小説】なんじゃないか、と云う事だった。
主人公のグラプソンは天才的な頭脳を持ち、幼少の頃から抜け目のない喰えない人物のようでいて、実際には、あくどい級友に簡単に騙されたり、下心もあろうかと普通ならば警戒するだろう娼婦に愛着を感じて友達のように振る舞ったり、奸婦の奸計を見抜けずにまんまと引っ掛けられたりと非常に無邪気な性格。 もっと頑張って自分の人生を取り戻し楽しく生きたい! と云う猛々しくも瑞々しい意欲に満ちた復讐を企てても、何かちょっとしたところに甘ちゃんの癖が出て何故かちょっとばかりずっこけちゃう… と云うイメージで、実に好感の持てる人物像であると思うのである。
だから、私が「夜の真義に」を読んで真っ先に思い出したのは、ジーン・ウルフの「新しい太陽の書」4部作の主人公セヴェリアン君なのだった。
セヴェリアン君とグラプソン君が活躍する物語の舞台は一般的にはダークで面妖な退廃的世界とされているけれど、その中で彼らが「精一杯生きよう」「もっといい事があるにちがいない!」と前向きに頑張っているのを、親のような気分で見守るのがいいのである。(私見)
本書の翻訳を担当されているのは、云わずと知れた越前敏弥氏。
あのベストセラー、ダン・ブラウン「ダ・ヴィンチ・コード」(友達に貸したまま行方不明)や、「惜別の賦」をはじめとするロバート・ゴダードの数々の作品(ゴダードはまだ一冊しか読んでいない…)、化ける前のディーヴァー「死の教訓」「死の開幕」(化けてからの方がやはり)、そしてパーシヴァル・ワイルド「検死審問」シリーズ(超面白、特に「検死審問、再び」は快作!)、ドロンフィールドの問題作「飛蝗の農場」(食わず嫌いだったけれど、読んでみると嵌る)など、枚挙にいとまのない程の翻訳を手がけておられる第一人者である。
この「夜の真義を」でも、処女作にして最高の賛辞を得たと云う華麗なヴィクトリアンスタイルの文体を見事に日本語に翻訳。
手応えと軽やかさを併せ持った、読み応えのある作品なのである。
重厚な翻訳文体と、主人公の若気の至り… 読んでいて感情移入しないではいられない儚さと夢と復讐をめぐる冒険を、是非、この機会に楽しんで頂きたいものである。
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