第三回 翻訳ミステリー大賞候補作/「犯罪」
■著者 フェルディナント・フォン・シーラッハ
■訳者 酒寄進一
■出版社 東京創元社
■価格 ¥1,890(税抜き)
昨年の上半期の超話題作「犯罪」は、ドイツで刑事弁護士であるフェルディナント・フォン・シーラッハによる処女短篇集である。
シーラッハが自身の刑事弁護士としての経験を踏まえて【人それぞれの犯罪】のあるがままの姿を客観的で淡々とした視点で捉えた11の犯罪がこの一冊に集約されている訳である。
とても前評判が高く、短篇好きの私としてもかなり期待して読んだ作品集であった。
普段はかなりいい加減に読み飛ばすタイプの読書の仕方をしてしまうのだが、この作品についてはじっくりと読みたいと思ったので、敢て、一日一篇と云う制限を課して取り組んだ一冊である。
犯罪を犯した人物を距離を置いた風情で語る、淡々とした筆致。
恐らく、刑事事件の弁護士である筆者が依頼人である容疑者を見る視点と同一のものなのだろう、全方位から観察しているという印象があり、単に淡々としていると云う以上の冷徹な雰囲気を醸し出しているようだ。 また、これは個人的な感想であるが、どのお話も何故か【必要以上に残酷】なのが印象に残った。 実際に起こった特定の犯罪からインスピレーションを得ている、と云う事なのだが、生身の人間が犯す犯罪の赤裸裸さや残酷さは、所謂「小説よりも奇なり」と云う事なのだろうか…
特に印象に残った作品は冒頭の「フェーナー氏」と最後に置かれている「エチオピアの男」であった。
前者「フェーナー氏」は冒頭を飾るだけあって、この短編集の中の白眉のひとつである。 「一生愛し続ける」と誓った細君との長年の暮らしの描写から、最終的なフェーナー氏の所行を俯瞰。 特に最後の台詞が効いていて、ある意味では普通の事を云っているだけなのにガツンと頭を殴られたような衝撃を感じてしまう。
そして… 最後を締めくくる「エチオピアの男」は、今まで読んだ短篇の中で面白いものを挙げろと云われたら真っ先にリストアップせずにはおれない様な凄みのある作品だ。 この作品に関しては、作者の【犯人への心情】が溢れ出ていると云うか… 他の作品の冷たさ静謐さとはちょっと違う暖かみと云うか、優しさと云うか、一寸ばかりホッとさせるところがあるのがいい。
個人的には大方の高い評価にも関わらず、全体を通してモチーフ(犯罪者や犯罪のあり方)が必要以上に残酷なのに苦手意識を感じてしまったのだが、「フェーナー氏」と「エチオピアの男」を読めたと云う事で、この「犯罪」と云う短篇集を読んで良かったと強く思う次第である。
ところで、この「犯罪」の11篇に於いては各物語の中に「リンゴ」のモチーフが隠されている。
中にはつい見逃してしまいそうなものもあるので、気を付けて読もう。(第一版では一部、落ちがあるようなので注意)
この林檎のモチーフは、「犯罪」を最後まで読み進むと明らかなように、マグリットの「これはリンゴではない」を意識した演出であり、「小説として書かれている犯罪」と「実際の犯罪」との対比についてのメタファーなのかな… と思われる。
もうひとつ云っておきたいのは、「犯罪」の装丁の個性的な美しさについてである。
シーラッハ氏の筆致が見事に装丁画で表現されているとひとりひそかに感嘆しているのであるが、皆様にも賛成して頂けるのではないか?
実は、部分的に写真に撮り我がiPhoneのホーム画面にコッソリ設定していたりするのであった…
翻訳は、ドイツ文学の研究者でもある酒寄進一氏。
これまでは、児童文学を中心に翻訳を手がけておられたが、最近、ドイツの最新ミステリシーンの輸入に尽力しておられる様子である。
その詳細について、少し前に【翻訳ミステリー大賞シンジケート】のサイトで連載をされていた事は記憶に新しい。
また、「犯罪」の翻訳裏話については【東京創元社】のサイト上で読むことが出来る。
そして!
2月18日に東京創元社から刊行された、フェルディナント・フォン・シーラッハの第二短篇集「罪悪」だ!
もう既に読了されている方もおられるだろうけれど、また、今年の翻訳もん世界を話題の渦に巻き込む作品になるに違いない!
わたしも、早く読まなくちゃ。
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コメント
12月20日に最新ドイツミステリー セバスティアン・クナウアー著「バッハ 死のカンタータ」
を大成出版から翻訳出版しました。
ドイツの戦後、東西統一前、現在とバッハの生きた1700年代が交錯する音楽ロマンチックミステリーです。
この頃のドイツミステリーは奥が深いというか重い内容のものが多いようですが、
この「バッハ 死のカンタータ」は一般の読者も音楽ファンも楽しめるものです。
https://www.taisei-shuppan.co.jp/scripts/newbooks_detailed_info.php?code=3145
投稿: 藤田伊織 | 2013年12月24日 11時47分