〈新☆ハヤカワ・SF・シリーズ〉創刊によせて(「火星の大統領カーター」をめぐる冒険)
みなさんどうですか?
〈新☆ハヤカワ・SF・シリーズ〉第二回配本作品パオロ・バチガルピの「第六ポンプ」は読み終わりましたか?
と言う訳で今日は〈新☆ハヤカワ・SF・シリーズ〉に関する余談。
2011年秋 早川書房から新しい叢書〈新☆ハヤカワ・SF・シリーズ〉の創刊がアナウンスされた。
その直後、叢書名〈新☆ハヤカワ・SF・シリーズ〉に含まれている〈☆〉について賛否両論の議論が始まり、〈☆〉とはいったい何のつもりだ、まさかライトノベルのレーベルでも始めるつもりなのかよ、そういった否定的な意見が目についた。
2011年12月1日 翻訳家大森望(@nzm)のツイートにより、〈新☆ハヤカワ・SF・シリーズ〉 第一回配本作品であるスコット・ウエスターフェルドの「リヴァイアサン クジラと蒸気機関」の書影が公開された。
わくわくした。
ながらく眠っていた少年時代のぼくらの心が呼び起こされたような気がした。
放課後の薄暗い図書館。
日が落ちるのにもかかわらず、友だちと奪い合うようにして、小説を読んでいた頃の、ジュブナイル向けに翻案された世界中のSF小説を読んでいた頃のぼくらの心が。
もちろん、この書影や装画に対し、否定的な意見を投げかけた人もいたにはいたのだが、わたしにとってこの「リヴァイアサン クジラと蒸気機関」の書影は、ぼくらが愛していた、血湧き肉踊る冒険活劇の復活を告げるような素晴らしい装画に思えた。
そんな「リヴァイアサン クジラと蒸気機関」の書影をみて、わくわくする気持ちと同時に、感傷的に思い出したものがある。
それは、1984年に〈ハヤカワ・SF・スペシャル〉として、ハヤカワ・SF・シリーズの体裁で出版された栗本薫の「火星の大統領カーター」のあとがきである。
もし書棚に「火星の大統領カーター」がある人は、いますぐそのあとがきを読んでいただきたい。
「火星の大統領カーター」を持っていない人のために、そのあとがきの一部を引用するので、是非読んでみて欲しい。
SFへの、そして〈ハヤカワ・SF・シリーズ〉への愛に溢れる素晴らしいあとがきである。事実、28年前にたった一回読んだだけにも関わらず、完全に覚えていたあとがきなのだから。
「火星の大統領カーター」
著者:栗本薫
出版:早川書房〈ハヤカワ・SF・スペシャル〉
あとがき
この本を買って、それとも本屋の店先であとがきだけをみているすべての読者の皆さん。
いま、私は、とても、とても、とても、嬉しいのです。
いや、あえて、正直に感動している、と申しましょう。私は感動しています。ああーーついにここへ来た。ここまで辿りついた……と。
どうして? それはこの本が「ハヤカワ・SF・シリーズ」だからです。あの、ハヤカワ・SF・シリーズーーああ、私の感じていることが、若いあなたにわかってもらえるでしょうか。
私はSFファンでした。小学校五年ではじめて「SFマガジン」を買って以来、つねに熱烈で何も知らぬ、仲間もいないたった一人のSFファンの女の子でした。
そのころはSFといえば「ハヤカワポケットSF」しかなかった、といっても過言ではないのです。毎週私はハヤカワポケットSFを買い、そしてむさぼり読みました。酒とバラの日々。黄金の、幸せなーー「火星年代記」も「鋼鉄都市」も「裸の太陽」も、「火星人ゴーホーム」も「夏への扉」も私のはポケットSFなのです。そして「火星で最後の……」「虎は目覚める」「ベトナム観光会社」「地には平和を」。
まだ大切に本棚にあるそれらの本の、裏表紙の写真の筒井さんや豊田さん、小松さんの何という若さでしょう。小松さんはやせています。筒井さんは二十代です。そしてかれらの、「最初の本」への気負いと情熱にみちた、あとがき。
私はそれらをよみ、それらにひかれ、かれらを愛し、かれらの作品に夢中になって、ますますSFに入りこみ、ひたりきっていったのでした。
……好きな作品をあげろといわれたら、何十枚の原稿用紙をでも、私は埋めてしまうでしょう。……そのころ、読むすべてのSFを、すべての作家を、私は愛しました。私は他に何ももっていなかったので、SFやマンガや小説の世界だけがすべてでした。そういう、淋しい、内気な、何も知らぬ十代の女の子にだけできるすべての熱情を傾けて、私は、どんなにかれらを崇拝し、憧れたことか。
私はかつて、何かのあとがきに、これまで三回だけ夢かと思ったことがある、といったことがあります。一度は、SFマガジン、あのSFマガジンから依頼のあったとき。二度めは、SF作家クラブに入れて頂いて、その長年のアイドルだった、小松さん、星さん、筒井さんたちとお付合いできるようになったとき。
そうやって私の夢は一つ一つ叶えられてゆきました。私は幸福な人間でした。しかし、同時に、しだいに、ハヤカワ・SF・シリーズは刊行されなくなってゆきました。文庫と新書攻勢におされて、書く人がいなくなってゆきました。
それは、感傷かもしれません。しかし、私は、昔、「私もこのシリーズに入りたい」と夢のように思っていたのです。小松左京「神への長い道」筒井康隆「東海道戦争」……と並んでいる私の書棚、神聖な書棚のさいごのところに、「×××著『×××』」と私の本が並んだら。
ああ、そしたら私の長い夢もおわるのだ。私の、SFへの二十年来の片思いもむくわれるのだーーと。
しかし、二十年からの夢叶って、いま、私はなんと悲しいあとがきを書かねばならぬのでしょう。
SF界は、かつて私のとおくからあおぎ見ていたSFとは、すでに違ってしまいました。「ハヤカワ・SF・シリーズ」はたえてひさしく、売れないからと文庫にとってかわられました。ポケットSFは、遅れてきた私を待っていてはくれなかったのです。もう、ポケットSFが復活することは、少なくとも私が愛したころのラインナップで復活することはない。私は口寄せの巫女のように幽霊を呼びさましただけかもしれません。
この作品集は私にとって忘れがたいものとなりました。見はてぬ夢の叶った日ーーそれは、片思いへの花束を投げる日になることでしょう。この短篇集ーーテーマは、「SFへの愛」なのだといったらあまりにも気障でしょうか。
この本を、心からの愛となつかしさをこめて、私にSFを教えてくれた、私のアイドルであった、「日本SF」シリーズのかつての著者一人一人に捧げます。
I LOVED YOU。
一九八四年八月二十八日、暑いひるさがりに
(「火星の大統領カーター」あとがきより引用)
栗本薫さんどうですか?
〈新☆ハヤカワ・SF・シリーズ〉の「リヴァイアサン」「第六ポンプ」「サイバラバード・デイズ」「ベヒモス」とつづくラインナップはあなたが愛したころのラインナップですか。
わたしはそう信じたい。そんな思いでいっぱいです。
因みに〈新☆ハヤカワ・SF・シリーズ〉は銀背でしかも5001番からですよ。
最後に〈新☆ハヤカワ・SF・シリーズ〉 創刊の辞 を引用する。
1950年代の終わり、まだ世の中に「空想科学小説」という言葉しかなかった時代に、
早川書房は、「センス・オブ・ワンダー」に満ちた「サイエンス・フィクション」の名作を紹介する
〈ハヤカワ・SF・シリーズ〉をスタートさせました。
そして21世紀のいま、装いも新たに、〈新☆ハヤカワ・SF・シリーズ〉がスタートします。
長年のSFファンはもちろん、アニメや漫画からSFが好きになった読者まで、
幅広いSF好きが満足できる作品を厳選したこの叢書で、
SFの原点である「センス・オブ・ワンダー」を存分にご堪能ください。
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