舞台「無伴奏ソナタ」
2012年5月29日東京新大久保「東京グローブ座」で演劇集団キャラメルボックスの舞台「無伴奏ソナタ」を観た。
「無伴奏ソナタ」
原作:オースン・スコット・カード
翻訳:金子司
脚本・演出:成井豊
出演:多田直人(クリスチャン)、大森美紀子(カレン/デニス)、岡田さつき(ジャニス/ブライアン)、岡内美喜子(オリビア/カール)、畑中智行(ポール/キース)、左東広之(ギルバート/ミック/ギレルモ)、小多田直樹(リスナー/ジョー)、原田樹里(リンダ/マイク)、石橋徹郎(リチャード/ウォッチャー、文学座)あらすじ:すべての人間の職業が、幼児期のテストで決定される時代。クリスチャン・ハラルドスンは生後6ヶ月のテストでリズムと音感に優れた才能を示し、2歳のテストで音楽の神童と認定された。そして、7歳の時、両親と別れて、森の中の一軒家に移り住む。そこで自分の音楽を作り、演奏すること。それが彼に与えられた仕 事だった。彼は「メイカー」となったのだ、メイカーは既成の音楽を聞くことも、他人と接することも、禁じられていた。ところが、彼が30歳になったある日、見知らぬ男が森の中から現れた。男はクリスチャンにレコーダーを差し出して、言った。「これを聴いてくれ。バッハの音楽だ……」 (オフィシャルサイトより引用)
オースン・スコット・カードの短篇小説「無伴奏ソナタ」(ハヤカワ文庫SF/冬川亘訳)は、扉を含めてわずか33ページの小品である。
その物語は、〈音合せ〉、〈第一楽章〉、〈第二楽章〉、〈第三楽章〉、〈喝采〉の五つのパートに分かれており、舞台も同様の構成になっている。実際は幕が下りないので、舞台上は一幕五場の構成と言うことになるのだろう。
そしてそれぞれの場は、〈音合せ〉:クリスチャンの生家、〈第一楽章〉:森の中のクリスチャンの仕事場、〈第二楽章〉:ジョーのバー&グリル、〈第三楽章〉:道路建設現場、〈喝采〉:コーヒー・ショップと言う具合。
構成が同様なのはもちろん物語も原作小説に忠実であった。
ところで原作小説のテイストは、抑制の利いた文章により、比較的冷淡な印象を読者に与えるのだが、舞台はもちろんキャラメルボックスなのでコメディの要素が付け加えられていたり、物語の足りない部分を膨らませ、物語が理解しやすくなるように見事な脚色が加えられている。
表面上は冷淡な印象を与える原作でも、エモーショナルな感動を読者に与えているのだが、この舞台の脚色は、原作の物語の印象をほとんど変えずに原作の行間を適度に補完し、原作以上のエモーショナルな体験を観客に与えている。
この脚色は見事だと思った。
繰り返しになるが、舞台「無伴奏ソナタ」の脚色は非常に理想的な脚色だったと思う。
おそらく、多くの原作ファンも納得が行く素敵な、そして愛すべき作品に仕上がっていたのではないだろうか。
ところで、個人的に心配だったのは〈音楽〉の表現である。
〈第一楽章〉に登場する、既成の音楽を超えた〈クリスチャンの音楽〉をどう表現するのか。
そして〈第三楽章〉に登場する〈シュガーの歌〉をどう表現するのか。
しかしこれも杞憂に過ぎなかった。
グラスハープをフィーチャーしたと言うクリスチャンの音楽も、〈シュガーの歌〉も納得の行く仕上がりだった。
また、音楽の表現も興味深かった。
〈第二楽章〉のピアノはともかく、〈第三楽章〉の〈シュガーの歌〉のギターは、どこから音が出ているのかわからなかった。舞台上でギターを生で弾いたのかな。
そして〈喝采〉。
その瞬間、舞台と観客が見事に一体になった。
素晴らしいカタルシスだった。
キャストはなんと言ってもクリスチャンを演じた多田直人が素晴らしかった。
わたしたち観客は舞台の構成上、クリスチャンの誕生から現在までの彼の生涯を知っている訳だから、彼の苦悩を全て理解している。
その上で、と言うこともあるのだが、例えば、何も喋らない、ただ座っているだけなのにクリスチャンの心象の全てが感じられる素晴らしい芝居だった。
また、文学座からの客演、ウォッチャーを演じた石橋徹郎も素晴らしかった。
もちろんこれはウォッチャーの役柄が素晴らしかったこともあるのだが、石橋徹郎の芝居には圧倒的な存在感を感じた。
多田直人を観に行って、石橋徹郎で帰るような感じ。
多田直人の次の舞台はもちろん、石橋徹郎の次の舞台も是非観てみたい、と思える始末である。
2012年7月から池袋のサンシャイン劇場でキャラメルボックスが「アルジャーノンに花束を」をやるのだが、多田直人はダブルキャストでチャーリーを演じる。
このままだと多田直人版のチケットを買ってしまいそうだ。
関連エントリー
『キャラメルボックスの舞台「無伴奏ソナタ」の初日は5月25日!』 2012/05/03
『2012年の演劇集団キャラメルボックスは「アルジャーノンに花束を」も舞台化!』 2012/05/04
余談だけど、オースン・スコット・カードの「無伴奏ソナタ」と「エンダーのゲーム」の物語の構成はほとんど同じですね。
天才少年が親元から引き離され、圧倒的な成果をあげるが、取り返しのつかないことをしてしまう、と言う物語。
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