「ディミター」講義 第四講
ここ最近、ウィリアム・ピーター・ブラッティの「ディミター」を読んでいる。
「エクソシスト」で有名なウィリアム・ピーター・ブラッティのミステリーである。
「ディミター」
著者:ウィリアム・ピーター・ブラッティ
訳者:白石朗
出版社:東京創元社(創元推理文庫)
あらすじ:1973年、宗教弾圧と鎖国政策下の無神国家アルバニアで、正体不明の人物が勾留された。男は苛烈な拷問に屈することなく、驚くべき能力で官憲を 出し抜き行方を晦ました。翌年、聖地エルサレムの医師メイヨーと警官メラルの周辺で、不審な事件や〈奇跡〉が続けて起きる。謎が謎を呼び事態が錯綜する中 で浮かび上がる異形の真相とは。『エクソシスト』の鬼才による入魂の傑作ミステリ!
まだわたしは「ディミター」を最後まで読んだ訳ではないのだが、なんとなく、次の作品のお話をしなくてはいけないような気がする。
「グリーン・マイル」
著者:スティーヴン・キング
訳者:白石朗
出版社:新潮社
さて、なぜこんな話をしているか、と言うと、「ディミター」のp365にとっても気になる一文があるのだ。
けっこう。きみたちの聖パウロにも関係した話だよ。聖パウロはもともとわれわれの仲間のユダヤ教徒でサウルといい、ディミター同様に伝説的な暗殺者だった。キリスト教徒を追っては、無慈悲に殺していたんだ。そしてある日、仲間たちともどもダマスコのキリスト教徒たちを殲滅するべくその地にむかっている途中、神秘体験をした。なにものかの力によってーー天空の白くまばゆい光によってーー馬から地面に突き落とされ、そして声を耳にした。それからまもなく、サウルはきみたちの聖パウロになった。ディミターにも、おなじようなことが起こったんだ。ディミターは自分の神秘体験に衝撃をうけたーーイエス・キリストに関係した神秘体験だった。またサウルと同様、最初は自分の身になにが見舞ったのかも理解できなかった。しかしディミターなら、なにをすると思う? 決まってるとも! あの男は、自分を地面に打ち倒した力の正体をつきとめるために、エルサレムに来たんだよ。いや、人々は馬から突き落とされたと考えているようだが。
それでは、スティーヴン・キングの「グリーン・マイル」という物語の本当の姿を紹介しよう。
死刑囚監房で看守を務めるポール・エッジコムは、いままで数多くの死刑囚を電気椅子におくり続けていた。
ポール・エッジコムは双子の少女を強姦殺人した罪で収監されている死刑囚ジョン・コーフィが起こすいくつかの奇跡を目にする。
しかし、最終的にポール・エッジコムはジョン・コーフィを電気椅子におくってしまう。
ポール・エッジコムは、ジョン・コーフィの奇跡の力で寿命を引き延ばされ、ジョン・コーフィが起こした奇跡の体験談を世間に広める役割を担うことになる。
そて、既にお判りのことだと思うが、「グリーン・マイル」に登場するポール・エッジコムは使徒パウロ(聖パウロ)の暗喩であり、もちろんジョン・コーフィはJCをイニシャルを持つこともあることから、イエス・キリストの暗喩である。
それでは、「グリーン・マイル」の物語を「ディミター」からの引用を基に再構成してみよう。
「グリーン・マイル」の物語で、使徒パウロの暗喩であるポール・エッジコムはキリスト教徒の暗喩である多くの死刑囚を次々と迫害し死にいたらしめていた。
無実の罪で収監されている死刑囚ジョン・コーフィを粛々と電気椅子におくろうとするポール・エッジコムだったが、イエス・キリストの暗喩であるジョン・コーフィの起こす奇跡を目の当たりにしたポールはコーフィをどうにかして救おうとするが、結果的に電気椅子におくることになってしまう。
ポールの人生はコーフィの奇跡の力で、引き延ばされ、コーフィの奇跡を後世に伝える役割を担うことになる。
一方「ディミター」だが、驚いたことにディミターのファースト・ネームはポールである。これからもわかるようにポール・ディミターは使徒パウロ(聖パウロ)の暗喩だと言える。
と言うか、先程の「ディミター」からの引用部分をみると、あまりにもあからさまで、読んでいる自分が少し恥ずかしくなるくらいである。
そして、更に興味深いのは、ポール・ディミターはたくさんの手紙《ディミター書簡》を残しているのだ。これはどう考えても《パウロ書簡》の暗喩であろう。
《パウロ書簡》とは「新約聖書」にある「ローマの信徒への手紙」「コリントの信徒への手紙一」「コリントの信徒への手紙二」「ガラテヤの信徒への手紙」「フィリピの信徒への手紙」「テサロニケの信徒への手紙一」「フィレモンへの手紙」等を指す。
英米文学を理解する上で、最も必要な原典は大きく三つ。それは「聖書」と「スタートレック」の知識である。
今回の「ディミター」は「エクソシスト」同様、「聖書」やキリスト教的な言及に満ちている。
尤も「ディミター」は「グリーン・マイル」の影響を受けている、と考えることも出来るけどね。
そんなことを考えながら、わたしは「ディミター」を読んでいる訳。
ここまで読んだら、「ディミター」のエピグラフ(p12)を読んでね。
「ディミター」講義 第一講
「ディミター」講義 第二講
「ディミター」講義 第三講
「ディミター」講義 第五講
そんな「ディミター」は2013年1月26日(土)開催予定のネタバレ円卓会議【ディミター】のお題になっています。
余談だけど、「ディミター」も「グリーン・マイル」も白石朗訳ですね。
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コメント
こんにちは。はじめまして。いつも興味深く拝見しております。
聖書は当然のこと、スタートレックですか!
先日、ある英語の実用書を読む機会があったのですが、
スタートレックネタが沢山でてきました(冷凍惑星、精神溶融..)。ロードオブザリングも少々。
それ以外にも映画の名セリフ(Do I feel lucky?とか)もかなり引用されていました。本を読むような人の基本的な教養として映画を見ていることが求められるのでしょうか。
ところで日本映画の名台詞ってあまり思い付きません。
ブラッティというと「エクソシスト」しか知りませんでしたが、「ディミター」面白そうですね。
これからも更新楽しみにしています。
投稿: uribon | 2012年12月 1日 05時12分
uribonさんこんにちは、コメントありがとうございます。
まあ「スタートレック」はネタみたいなものですが、様々な作品で「スタートレック」ネタが語られているのも事実ですよね。
日本映画の名台詞と言うと、やはりアニメに多いと思いますよ。
これからもよろしくお願いします。
投稿: tkr | 2012年12月 6日 20時24分