「ディミター」講義 第一講
ここ最近、ウィリアム・ピーター・ブラッティの「ディミター」を読んでいる。
「エクソシスト」で有名なウィリアム・ピーター・ブラッティのミステリーである。
「ディミター」
著者:ウィリアム・ピーター・ブラッティ
訳者:白石朗
出版社:東京創元社(創元推理文庫)
あらすじ:1973年、宗教弾圧と鎖国政策下の無神国家アルバニアで、正体不明の人物が勾留された。男は苛烈な拷問に屈することなく、驚くべき能力で官憲を出し抜き行方を晦ました。翌年、聖地エルサレムの医師メイヨーと警官メラルの周辺で、不審な事件や〈奇跡〉が続けて起きる。謎が謎を呼び事態が錯綜する中で浮かび上がる異形の真相とは。『エクソシスト』の鬼才による入魂の傑作ミステリ!
まだわたしは「ディミター」を最後まで読んだ訳ではないのだが、p125に気になる一文があった。
あまり先の予定は立てない主義だ。
なんと!?
これはどう考えても、
I never make plans that far ahead.
の訳文に違いない。
もちろんわたしは現時点で「ディミター」の原文にあたった訳ではないので、これがわたしの妄想である可能性は否定できないが、おそらくはわたしの考え通りだろう。
そう、既に多くの映画ファンの皆さんがお気付きのように、"I never make plans that far ahead." は、映画「カサブランカ」(1942)に登場する、映画史に残る、と言っても良いくらいの名台詞であろう。
ところで、ウィリアム・ピーター・ブラッティの「エクソシスト」の背景を思い出してみよう。
悪魔に取り憑かれた少女リーガンの母親であるクリスの職業は女優であり、盟友である映画監督の新作の撮影のためにジョージタウンに一軒屋を借り滞在している。
わたしが「エクソシスト」の原作を読んだのは大人になってからのことで、最初に映画を観た子どもの頃、その登場人物が女優であったり映画監督であることになんとなく違和感を感じていた。映画で映画制作現場を描く事になんとはなくの手抜き感を感じていたのだ。
しかしながら、原作でもその映画に関する設定は同様だった。
つまり、おそらくはウィリアム・ピーター・ブラッティは映画に対し大きな関心や思い入れを持っていたのではないかと推測することができる。
もちろん、ウィリアム・ピーター・ブラッティはコメディ映画の脚本家としてキャリアをスタートしているのだから、映画に対する思い入れが大きいのも不思議ではない。
そんなこともあり、ウィリアム・ピーター・ブラッティの「エクソシスト」にしても本作「ディミター」にしても映画に関する言及が比較的多く登場する。
さて、今日の本題の "I never make plans that far ahead." についてだが、決定版とも言える高瀬鎮夫訳で前後の台詞を紹介してみよう。
Where were you last night?
昨日の夜はどこにいたの?
That's so long ago, I don't remember.
そんな昔のことは覚えていないな。
Will I see you tonight?
今夜会ってくれる?
I never make plans that far ahead.
そんな先のことは分からないな。
どうでしょう。
皆さんご存知の有名な台詞ですよね。
さて、それでは何故「ディミター」では、"I never make plans that far ahead." を「あまり先の予定は立てない主義だ。」と翻訳しているのか。
原文は、前述のように"I never make plans that far ahead." なので、訳文は直訳に近いものであり、決して間違っている訳ではない。
一方、「そんな先のことは分からないな。」は、言ってみれば誤訳に近い意訳だと言えるだろう。しかし、名訳は名訳である。
それなら何故、疑問が膨らむ。
例えば、引用が映画の台詞からの引用ではなく、例えば小説の一節からの引用であるような場合は、その作品が仮に他の出版社の作品であったとしても、出版社、作品名、もちろん翻訳者名を含む注釈付きで引用される場合が多い。
また、パプリックドメインのDVDの字幕や吹替えは、権利者に無断で使用する事ができないため、独自の字幕や吹替えを付ける事が多いのだが、もしかすると出版業界と映画業界の権利関係の取り扱いに違いがあるのであろうか。
そんなことを考えながら「ディミター」を読んでいる訳。
そんな「ディミター」は2013年1月26日(土)開催予定のネタバレ円卓会議【ディミター】のお題になっています。
余談だけど、「エクソシスト」に登場するダイアー神父とキンダーマン警部補は映画好きなキャラクターとして描かれ、エピローグは「カサブランカ」のラストシーンに触れていますよ。
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