「トリポッド 2 脱出」
2012年2月3日 イギリスのSF作家ジョン・クリストファーが亡くなった。
ジョン・クリストファーの作品と言えば、往年のSFファンはおそらく「草の死」をあげると思うのだが、わたしは残念ながら「草の死」を読んだ事もないし、実物を見た事もない。
そんなわたしでも、ジョン・クリストファー作品のなかで鮮やかに記憶に残っている作品がある。
それは小学生時代、薄暗い図書館で友だち同士で奪い合うようにして読んだ「三本足シリーズ」(現「トリポッドシリーズ」)である。
因みにこの「トリポッドシリーズ」は、当時の学研版は次の三作品で三部作を構成していた。
「旧版・邦題」"原題" 発表年「現行版・邦題」
「鋼鉄の巨人」"The White Mountains" 1967「トリポッド2 脱出」
「銀河系の征服者」"The City of Gold and Lead" 1967「トリポッド3 潜入」
「もえる黄金都市」"The Pool of Fire" 1968「トリポッド4 凱歌」
なお、現在のハヤカワ文庫版は、次の作品を含めて四部作構成となっている。
但し、ハヤカワ文庫版も現在絶版状態(版元在庫なし、店頭在庫のみ)。
「(旧版では未訳)」"When the Tripods Came" 1988「トリポッド1 襲来」
しかも、1988年発表の「トリポッド1 襲来」("When the Tripods Came")を冒頭の第一作目とする四部作構成となっている。
さて、今日の本題、旧・三部作の第一作目、現行・四部作の第ニ作目「トリポッド2 脱出」("The White Mountains")について。
「トリポッド2 脱出」
■著者:ジョン・クリストファー
■訳者:中原尚哉
■装画:西島大介
■出版:早川書房(ハヤカワ文庫SF)
物語は、次のように幕を開ける。
トリポッドが世界を支配するようになってから、およそ百年。みんなキャップをかぶり、平和でのどかな生活をおくっている。でも、ほんとにこれでいいんだろうか?
戴帽式を間近にひかえ、そんな疑問で頭をいっぱいにしていたぼくは、ある日一人のはぐれ者から驚くべき話をきいた。トリポッドは異星からの侵略者で、海の向こうの白い山脈には自由な人々がいるという。
ぼくは従弟のヘンリーとともに、自由を求め旅にでるが!?
(「トリポッド2 脱出」の裏表紙より引用)
今回再読して思ったのは、本作「トリポッド 2 脱出」と言う作品は「なんて面白いんだ」と言う事。
例えるならば、クリーチャーがほとんど出てこない「Fallout3」(ゲーム)の世界で、登場人物が「MOTHER2 ギーグの逆襲」(ゲーム)のように悩みながら旅をしているような感じ。
例えがゲームなので、わからない人は全くわからないと思うけど、わかる人はきっとわかってくれてると思う。
おそらく「MOTHER2 ギーグの逆襲」をプレイしたことがある人は、そのゲームはその人にとって大切な大切な侵しがたい素敵な思い出のような経験になってると思うけど、本作「トリポッド 2 脱出」もそんな感じの作品。
つまり、わたしにとって、もちろん皆さんにとっても、そして、おとなもこどももおねーさんたちにとっても、大切で大切で仕方がない愛すべき作品になってると思う。
ところで、舞台は、異星からの侵略者と言われてるトリポッドに支配されている地球。
そこでは、14歳になると戴帽式と言って、トリポッドが人間の精神を操作するためのキャップと言ばれるワイヤーメッシュの帽子を強制的に被らせられてしまう。そして、そのキャップを被った人間は、自由な意志や物事を考える力がなくなってしまうのだ。
それに疑問を感じたウィル・パーカーは、いつもけんかばかりしていて仲の悪い従弟ヘンリー・パーカーと、海を渡った言葉が通じない国で出会ったビーンポールと一緒にトリポッドがいない自由な世界、トリポッドへの抵抗勢力が集まる白い山脈("The White Mountains")をめざす。
人間がトリポッドに支配されてしまってから既に100年。
ウィルは、既に誰も疑問に思わなくなった、トリポッドやキャップの存在に、キャップを疑問もなく受け入れる人間たちについて、悩みながら旅をする。
そこには多くの出会いと多くの別れがあり、そしてモラルと文明が破壊された廃墟と、キャップを被ってない人間にとっては恐ろしいトリポッドが跋扈していた。
人間がトリポッドに対する抵抗をやめてから100年、そのポストアポカリプス感が素晴らしく、また、14歳の少年たちが、滅んでしまった文明の残滓に触れ、読者と同様に悩み、その用途やかつて、それらの機械が動いていた姿を想像する様が美しい。
ところで、子どもの頃に読んだ時は全くわからなかったのだが、大人になって本作を読み返すと、地名は明記されていないのだが、ウィルの冒険の道程が見えてくる。
と言うか、ウィルの辿った道筋がわかるように本書は描かれているのだ。
イギリスのウィンチェスターの近くの村に住んでいたウィルは、従弟のヘンリーと一緒に南へ旅立ち海に到達しオリオン号でドーバー海峡を渡る。ウィルらをフランスへ運ぶオリオン号の船長カーティスは黒人として描かれている。これはフランスに植民地からの移民が多い事を示唆しているのだろう。そして言葉が通じない国フランスでビーンポールに出会う。
3人は南へと旅路を続け、地下鉄がある廃墟の街で迷う。おそらくその廃墟の街はパリで、廃墟の中の川、おそらくセーヌ川を渡り、シテ島かサン=ルイ島で立ち往生してしまう。
途中トゥール・ルージュ城に滞在するのだが、これはロワール地方かどこかの城だろう。
そして目的地である白い山脈とはおそらくビレネー山脈のことじゃないのかな、と。
原則的に地名は明記されていないのだが、そう言った地名や道程が読みとれる描写が非常に楽しい。
ところで、ちょっと気になったのは、現在までに実現はしてないが、本シリーズ「トリポッドシリーズ」はウォルト・ディズニーが映画化権を購入しているらしい。
その物語は、何度かお話ししたように、ある意味H・G・ウェルズの「宇宙戦争」で侵略をはじめたトライポッドがそのまま地球を支配してしまった後の世界を描いているような印象を受ける。
さらに、「トリポッド 2 脱出」のトリポッドは、「五つの音程のくりかえしと、ガシャン、ガシャンという金属音」を出しながら歩いてくる。
この「五つの音程のくりかえし」からはスティーヴン・スビルバーグの「未知との遭遇」の「五つの音」が想起されるし、トリポッドと闘う少年たちが使う手榴弾は、これもスピルバーグの「宇宙戦争」を想起してしまう。
そう考えると本作「トリポッド 2 脱出」は、スティーヴン・スビルバーグにも影響を与えているのではないか、と妄想することもできる。
「トリポッドシリーズ」が映画化されていないのは、非常に残念だし、もっと残念な事に、冒頭でお伝えした通り、「トリポッドシリーズ」のジョン・クリストファーは、2012年2月3日に亡くなってしまった。
しかし、彼の「トリポッドシリーズ」は今後も永遠に読み継がれていくに違いない、そんな素晴らしいシリーズだと思う。
おとなもこどもも、おねーさんも、ぜひ!
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