島田荘司

2012年1月11日

「ゴーグル男の怪」

「ゴーグル男の怪」

「ゴーグル男の怪」
だと!

タイトルを一見して驚いた。島田荘司め、ふざけてるのか、と。

しかし同書の表紙を飾る影山徹の装画は素晴らしかった。

装画に惹かれる形でわたしは島田荘司の「ゴーグル男の怪」を手に取った。

そもそも「ゴーグル男の怪」は、2011年8月にNHK総合テレビ(当時)で放送された『探偵Xからの挑戦状! 夏休み・島田荘司スペシャル「ゴーグル男の怪」』のために執筆された作品をもとに大幅に加筆、改稿を経て単行本化されたものである。

『探偵Xからの挑戦状!』とは、ケータイ小説とテレビを連動させたミステリー番組で、視聴者はサイトにメールアドレスを登録すると、放送11日前からテレビ番組の「問題編」にあたる「ミステリーメール」が毎日届き、放送前日には視聴者がWEBで推理投票を行い、その上で「解決編」にあたるテレビ番組を視聴し、視聴者の推理投票の結果や、視聴者の推理の傾向、解決にいたった視聴者のハンドル名が発表される、と言う興味深いテレビ番組である。

わたしも『探偵Xからの挑戦状!』を比較的見ており、「ゴーグル男の怪」と言うタイトルには少なからず記憶があったのだが、見たのか見ていないのかの記憶がない。

仮に見ていたとしても、おそらくツイッターでもやりながら見ていたのだろう、「ゴーグル男の怪」の内容には全く記憶がなく、どの部分がテレビで放送され、どの部分が加筆されているのか定かではない、と思っていた。

しかしながら、本書「ゴーグル男の怪」を一読すると、加筆されたであろう部分が明確に立ち上がってくるのだ。

本書「ゴーグル男の怪」では、ふたつの物語が描かれている。

ひとつは煙草屋で起きた殺人事件と現場に残された不可解な謎。そして殺人事件に前後して近隣で目撃され始めるゴーグル男の姿。

そしてもうひとつはある登場人物の自伝的な物語である。

その登場人物は、少年時代に、ある心的外傷を受け、その心的外傷にとらわれながら成人し、最終的には母親が勤めていた高速増殖炉用の燃料を作る会社に勤めることになる。

そしてその登場人物は、下請け作業員の監督者として、ステンレスのバケツと漏斗を使いウラン235の純度をあげる工程を監督している最中に、あろうことか臨界事故を起こしてしまうのだ。

彼は、フルアームドの防護服を付け、倒れた下請け作業員を命がけで救出する、が被爆した2人の下請け作業員は搬送された医療機関で息を引き取ってしまう。

この臨界事故を起こしたバケツと漏斗の工程は、本来ならば複雑な工程を取るべきものだったのだが、時間と効率を求めた会社により発案された裏技的な工程であった。

そう、おそらくはこの登場人物の自伝的な物語が加筆された部分だろう。

島田荘司には、この高速増殖炉用の燃料をつくる会社が引き起こした臨界事故を描く必要があったのだ。

本書「ゴーグル男の怪」は、2011年10月に新潮社から出版されている。

どう考えても、本書は2011年3月の東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故に対する島田荘司のアンサーであり、主張であり、怒りなのだ。

わたしは、島田荘司が小説家として書かなければならない事を、内側から沸き起こる何かに突き動かされるように書いているのだと思う。

本書「ゴーグル男の怪」で印象に残った部分を引用する。

 男の生涯の仕事は、生活費のためだけじゃない。仕事に誇りを持ちたいし、夢も持ちたい。自分の仕事が、この社会をよりよく改善していると思いたい。原子力という新エネルギーに関わっているのならば、なおのことだ。

 けれど、この頃にはもうすっかり事実が解ってしまった。原子力は、未来のエネルギーなんかじゃない。蒸気機関に属した古い技術で、終わった科学だ。その証拠に、大学に原子力学科はなくなった。学生がいなくなったのだ。この科学には、学問的にももう未来はない。(p116より引用)

私見だが、この文章から始まる部分を読むだけでも本書には価値がある。

この文章でわたしは島田荘司のファンになった。

「ゴーグル男の怪」
余談だけど、わたしの「ゴーグル男の怪」は島田荘司のサインつきだよ。

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