「装飾庭園殺人事件」
「装飾庭園殺人事件」
著者:ジェフ・ニコルソン
翻訳:風間賢二
装画:藤田新策
出版:扶桑社ミステリー文庫
このような小説を読むと、翻訳家とは凄い職業だな、と思えてならない。
と言うのも、本作「装飾庭園殺人事件」は、なんと16人もの語り手が章ごとに次々と変わっていく一人称小説の形態をとっているのだ。
つまり、本作「装飾庭園殺人事件」はその構成上、当然のごとく、章ごとつまり16人の語り手ごとに、語り口や文体、漢字の多寡や論理性、簡潔さや回りくどさ、もちろん読みやすさや読みにくさがどんどん変わっていく。
もちろん、語り手が変わる一人称小説のお約束として、その章の冒頭から中盤くらいまでは、語り手が誰なのか判然としない構成をもとっている。つまり語り手が一体誰なのかを推測するヒントとなる固有名詞がなかなか出てこないのだ。
そんなの小説なんだから当り前だろう、という人もいるだろう。
それがもし日本語で書かれた小説であれば、当り前で済むのだろうが、本作は残念ながら英語で書かれた小説である。
そう、本作に登場する一人称単数の代名詞は、おそらくだが、"I"だけなのである。
つまり、本作「装飾庭園殺人事件」の翻訳家である風間賢二は、"I"からはじまる16名の登場人物の語りを見事に訳し分けているのだ。
冒頭、p5からのジョン・ファンサムの口語調の語り口は、非常にユーモラスでとっつきやすくてわかりやすい。探偵小説、特にハードボイルド小説の冒頭を飾る上では理想的な語り口である。
しかしながら、次の語り手、p17からのモーリン・テンプルの語り口は硬質で理屈っぽく、非常にわかりにくい。
わたしはこの章を、おい、一体どうなってんだ、さっきの語り口と全然違うじゃないか、全くもって読みづらいよ、と思いながら読み進めた。
p23からは再びジョン・ファンサムのハードボイルド調の好感が持てる語り口が登場、しかしp33からはまたモーリン・テンプルの語り口に。
どうやらこの小説は二人の視点で進むのかな、と思った矢先、p45からは新たな語り手ダン・ラウントリーの視点が登場、という具合。
そんな訳で、本作「装飾庭園殺人事件」は都合16名の老若男女の視点が織りなす、タペストリーのような絢爛豪華な作風を持っている。
物語は、ロンドンのホテルで睡眠薬自殺を図ったと思われる男性の死体が発見されるが、その美しい未亡人は夫が自殺する訳はないと、金をバラまきながら夫の死因の独自調査をはじめるが、その未亡人の前に奇妙な関係者たちが次々と現れ、夫の知られざる顔が・・・・。というもの。
個人的には、複数の視点から描かれた主観的な物語の断片が、最終的に、ある事実を編み上げていく、という構成にはグっとくるものがある。
しかし、わたしは、本作「装飾庭園殺人事件」を一読して、あっけにとられました。
ところで、非常に興味深かったのは、本作「装飾庭園殺人事件」の翻訳者は風間賢二氏である、ということ。
誰が風間氏にオファーしたのか、はたまたどのような経緯で翻訳者が風間氏に決定したのかはわからないが、風間氏自身は本作「装飾庭園殺人事件」の内容というか作品の趣向というか作品の趣味にぴったりな翻訳家だと思ったよ。
余談だけど、日本語の一人称単数の代名詞は、フリー百科事典Wikipediaによると、70種類以上もある模様。
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