「震える牛」
あらすじ:警視庁捜査一課継続捜査班に勤務する田川信一は、発生から二年が経ち未解決となっている「中野駅前 居酒屋強盗殺人事件」の捜査を命じられる。
初動捜査では、その手口から犯人を「金目当ての不良外国人」に絞り込んでいた。田川は事件現場周辺の目撃証言を徹底的に洗い直し、犯人が逃走する際ベンツに乗車したことを掴む。
ベンツに乗れるような人間が、金ほしさにチェーンの居酒屋を襲うだろうか。同時に殺害されたのは、互いに面識のない仙台在住の獣医師と東京・大久保在住の産廃業者。
田川は二人の繋がりを探るうち大手ショッピングセンターの地方進出、それに伴う地元商店街の苦境など、日本の構造変化が事件に大きく関連していることに気付く。(オフィシャル・サイトより引用)
本作「震える牛」は、まあ当然と言えば当然なのだがミステリーの体裁をとっている。
本作の主人公である田川信一は警視庁捜査一課継続捜査班に所属している。その継続捜査班とは、迷宮入りが濃厚な事件を主に担当する捜査班で、田川は言わば閑職に甘んじているような状況なのである。
そんな中、田川は上司の宮田から、発生から二年が経過し未解決のままになっている「中野駅前 居酒屋強盗殺人事件」の捜査を命じられる。
田川の地道な捜査によって、その事件の初動捜査に問題があったことが明らかになってくる。当時の特別捜査本部指揮官の予断に問題があったのだ。
いかがだろうか。
本作「震える牛」の冒頭部分は、ミステリーの、と言うか所謂警察小説の王道のような展開である。
この警察小説の王道のような展開は、中盤から後半にかけて、本書自体のプロットの流れにも感じられる。
しかしながら、本書「震える牛」の著者である相場英雄が読者に伝えたかったのは、この警察小説が語る王道物語ではない。
相場英雄が伝えたいのは怒りである。
本書「震える牛」の持つミステリーの骨組みは、呼び水でしかないのだ。
本書には、相場英雄の苛烈な怒りが充満しているのだ。
その一つは、大手ショッピングセンターの地方への出店によって引き起こされた、地方の商店街の経営破綻であり、その後、集客のピークを過ぎたショッピングセンターから次々と撤退する有力テナントショップの影響で過疎化が加速するショッピングセンター。
最終的にはショッピングセンター自体の経営的撤退により、地方に残される巨大な廃墟と買物難民の群れである。
大手ショッピングセンターは町を殺しているのだ。
そして、そんな大手ショッピングセンターからテナントに要求される高マージンを捻出する為、価格破壊を余儀なくされる様々なテナント、そして高マージンを捻出するための低価格を実現するために食品業界に浸透する食品偽造問題である。
最近話題になったピンクスライムと同等の代用肉が本書「震える牛」にも登場する。
ところで、本書「震える牛」の冒頭の一節を引用する。
『幾度となく、経済的な事由が、国民の健康上の事由に優先された。秘密主義が、情報公開の必要性に優先された。そして政府の役人は、道徳上や倫理上の意味合いではなく、財政上の、あるいは官僚的、政治的な意味合いを最重要視して行動していたようだ』
この一節は本書の終盤にも再度登場する。
ここで相場英雄は読者に何を伝えようとしているのか。
この時期、本書「震える牛」が上梓された意義は大きい。
相場英雄はショッビングセンターによる地方の破壊と食品偽造問題を題材に、東日本大震災以後の日本を、福島第一原子力発電所事故後の日本を描いているのだ。
そして、相場英雄はミステリーの、警察小説の体裁を利用し、つまり誰もが手に取りやすいミステリーの体裁を利用し、社会の闇に読者を誘っているのだ。
エンターテインメントと言う餌で、読者を社会派へと導いているのだ。
おそるべし、相場英雄。
この春、是非読んでいただきたい一冊である。
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