レイモンド・チャンドラー

2012年5月 3日

「弁護士探偵物語 天使の分け前」

『このミステリーがすごい!』第10回大賞受賞作品「弁護士探偵物語 天使の分け前」を読了した。

「弁護士探偵物語 天使の分け前」

著者:法坂一広
出版社:宝島社
あらすじ:舞台は福岡。「殺した記憶はない」母子殺害事件の容疑者・内尾は言った。裁判のあり方をめぐって司法と検察に真っ向から異を唱えたことで、弁護士の「私」は懲戒処分を受ける。復帰して間もなく、事件で妻子を奪われた寅田が私の前に現れた。私は再び、違和感を抱えていた事件に挑むことに。その矢先、心神喪失として強制入院させられていた内尾が失踪。さらに周囲で不可解な殺人が起こり……。(オフィシャル・サイトより引用)

本作「弁護士探偵物語 天使の分け前」は、おそらく、東直己の北海道札幌市を舞台にした「ススキノ探偵シリーズ」の向こうを張って執筆された、南は福岡県福岡市を舞台にしたハードボイルド小説。

しかも、著者である法坂一広は現役弁護士と言う変わり種。本作は、エンターテインメント小説をもって現代の司法界が抱える問題を提起する、と言う孤高な精神を持った作品である。

物語はともかく、本作は様々なハードボイルド小説の影響を受けている、と言うか、あまりにもそれらの小説への言及が多く、最早ハードボイルド小説のパロディの域にまで達してしまっている。

例えば冒頭、本作の主人公である「私」が事務所に戻ってくると、大男が酔っぱらったあげく、足を事務所のドアから放り出した状態で眠り込んでいるのを発見する。

その男の名前は寅田半次郎。
三年程前に「私」が国選弁護人として担当した事件の被害者側の関係者であった。

その寅田の登場シーンを読んだわたしは驚いた。

と言うのも、動物の名前がついた男が酔っぱらって放り出した足のせいで、ドアが閉まらなくなっているのである。

これは、酔っぱらった大鹿マロイがロールス・ロイス・シルバー・レイスのドアから足を放り出しドアが閉まらなくなっていることを示している。

つまりこれは、レイモンド・チャンドラーの「さらば愛しき女よ」「長いお別れ」への言及に他ならない。

みなさんご承知のように「さらば愛しき女よ」には大鹿マロイと呼ばれる大男が登場し、「長いお別れ」の冒頭ではテリー・レノックスが酔っぱらったあげく、ロールス・ロイスのドアから足を放り出しているシーンから始まる。

また、ハードボイルド作品への様々な言及をのぞいても、「私」の語り口は、常に減らず口を叩き続け、おそらく著者にとっては、気の利いたセリフや表現だらけなのである。

尤もその気の利いた表現の全てが上手く機能しているかと言うとそうではなく、読者の鼻につくほど乱発されるその気の利いたセリフや表現は、大いに滑りまくっている。

しかしながら、その語り口自体は非常にこなれており、新人作家の域を超えていると思えるのだが、その気の利いた表現の連続にいらいらしてしまう。

物語としては、中盤くらいまでは非常に面白く読んだのだが、ラストへの持って行き方が釈然としない。

また、描かれる事件自体もたいした事件ではなく、その事件から派生するエモーションよりは、前述の通り、現代の司法界が抱える問題点から派生するエモーションの方が大きく、本末転倒の印象を否定できない。

とは言うものの、「私」のキャラクターは、減らず口だらけで、ハードボイルド小説への言及や引用だらけなのは鼻につくが、魅力的である事は魅力的である。

冒頭のように、北に「ススキノ探偵シリーズ」あれば、南に「福岡弁護士探偵シリーズ」あり、と言うような状況になって欲しいと個人的には思っている。

先ずは、本作「弁護士探偵物語 天使の分け前」のヒットを願いたい。

法坂一広「弁護士探偵物語 天使の分け前」サイン本
まあ、例によってサイン本。

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